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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)2555号 判決 1984年7月30日

第二六七四号事件控訴人・第二五五五号事件

被控訴人(第一審原告)

洪呉振治

右訴訟代理人

元林義治

第二六七四号事件被控訴人・第二五五五号事件

控訴人(第一審被告)

株式会社第一勧業銀行

右代表者

羽倉信也

右訴訟代理人

伊達利知

溝呂木商太郎

伊達昭

奥山剛

主文

第一審原告の控訴及び当審で拡張した請求並びに第一審被告の控訴をいずれも棄却する。

第二六七四号事件控訴費用は第一審原告の、第二五五五号事件控訴費用は第一審被告の各負担とする。

事実《省略》

理由

一当裁判所も、第一審原告の本訴請求は、金一五〇〇円及びこれに対する昭和五四年二月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから正当として認容し、その余の請求は理由がないから失当として棄却すべきであると判断する。その理由は、次の二及び三のように訂正付加するほか原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。

二原判決中、一二丁裏八行目「昭和四七年」を「昭和四二年」に改め、同一〇行目から一四丁表末行までを削り、同裏三行目「昭和五二年」を「昭和五六年」に改め、一五丁表四行目から五行目「終戦後である昭和二〇年末から三三年間」を「繰上償還期日の翌日である昭和二七年一〇月一六日から三〇年間」に改める。

三第一審被告の時効の援用について考えてみる。

日華平和条約第三条があるからといつて、第一審原告の第一審被告に対する本件償還請求権の行使につき法律上の障害が生ずるものではないと解すべきではあるが、<証拠>によると、第一審被告は、戦時債券の繰上償還開始日と定められた昭和二七年一〇月一五日以降、本件貯蓄債券と同種の貯蓄債券について所持人から支払請求のあつたものに対して、政府から交付を受けた支払準備資金をもつて支払つてきたが、台湾居住者からの支払請求に対しては、同条に基づく請求権処理についての特別取極がまだ締結されていないことを理由にその支払を拒んできたことが認められ、台湾住民である第一審原告が、第一審被告の右取扱方針を伝え聞くなどにより、同条によつて両国政府間で前記請求権の処理につき特別取極がされることを期待して、本件償還請求権の行使を控えていたであろうことは容易に推認できるし、それは無理からぬところであるというべきである。殊に、私人である日本国民に対する債権でなく、さきに原判決を引用して認定したとおり本件貯蓄債券は政府の命令によつて発行され、その収入金は大蔵省預金部において運用していたのであり、国庫債券にも類するものであつた(この点は、第一審被告の認めるところである。)から、条約に基づく特別取極に期待をかけるのは、なお更のことである。他方、第一審被告としても、前記のとおり本件貯蓄債券の発行、償還等はすべて政府の命令に従つてしていたのであるから、右条約に従つて両国政府間で特別取極がされることを当然期待していたであろうし、若し第一審原告が昭和四二年一〇月一五日前に本件貯蓄債券の償還請求をしたとしても、第一審被告がその支払に応じなかつたであろうことは、前認定事実から明らかである。このような経緯からみると、両国政府間において特別取極が成立しないまま推移するうちに一五年の期間が経過したからといつて、その後の請求者に対し、消滅時効の完成を理由に支払を拒絶することは、信義に照らして許されないというべきである。

四よつて、原判決は相当であつて、第一審原告の控訴及び当審で拡張した請求並びに第一審被告の控訴はいずれも理由がないから、これらをすべて棄却することとし、各控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条及び第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(賀集唱 梅田晴亮 上野精)

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